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森の精霊のはなし

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■ コティングリー妖精事件

いまからさかのぼること87 年前。

1917 年、英国ヨークシャー州コティングリーという小さな村に住む、当時16 歳のエルシーと10 歳のフランシスなる従姉妹の少女が、森を流れる川のほとりで「妖精」の写真を撮りました。

多感な年代の少女たちの他愛なき行為で終わるはずだったこの出来事が、以後なんと60 年以上もの長きに渡って「本物か贋物か?」の大論争をまきおこしました。

コティングリー妖精事件
世にいう「コティングリー妖精事件」です。

火付役となったのは、かの名探偵シャーロック・ホームズの生みの親であり、医師であったアーサー・コナン・ドイルでした。

彼は1920 年、少女たちの撮影した妖精写真を「本物の妖精」であるとして雑誌に発表、さらにその2 年後、妖精の存在についての著書まで刊行します。

科学的で、頭脳明晰な名探偵を創造し、自らもまた医師という時の知識人が認めた妖精とは、いったい如何なるものなのか。

世の人々の興味関心は一気に高まりをみせました。

コティングリー妖精事件


そしてその問題は多方面にまで波及していったのです。

世は、ちょうど第一次大戦の直後。

人々が神秘的なものや不可思議なものに心ひかれていたオカルト・ブームの時代でもありました。

ドイル自身もまた神秘主義的な傾向を強く持した、妖精や心霊の信仰者でもあったのです。

やがて時が経ち、そんな事件も人々の間から忘れ去られたかのように思われました。

しかし1965 年、1982 年と相次いで「妖精論争」は復活します。

そして1981 年、74 歳になっていたフランシスは、問題の写真は厚紙に描いた妖精を切り抜いてピンでとめただけの「こしらえもの」であったことを、作家クーパーに告白。

翌年、クーパーはその記事を雑誌に発表、1983 年にはフランシス自ら新聞のインタビューに応じ、それをもって妖精論争はとりあえずの決着をみせるのでした。

ギネス・ブックは、これを「最も長く続いた実際のジョーク」として掲載しています。

しかしフランシスは、亡くなるその日まで、妖精は本当にいると信じ続けていたといいます。

もともと彼女たちが妖精写真を「創作」したのも、大人たちには見えない、しかし自分たちには見え、感じられる妖精の存在を、なんとかして両親に伝えたかった、というところに端を発していたのです。


写真『妖精の出現』(Arthur Conan Doyle 1922)より

かわい・だいすけ(ライター)
1964年大阪府生まれ。東京都育ち。札幌市在住。自然雑誌「RISE」編集部を経て自然や野生生物に関する執筆活動多数。野生鳥獣の調査業務にも携わる。現在、東北地方のブナ林と遠距離恋愛中。おもな著書に「北海道の森と湿原をあるく」(寿郎社)、共著に「北海道野鳥図鑑」(亜璃西社)、「北海道森と海の動物たち」(北海道新聞社)など

  
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